最後の華という言葉がある。時代が変化し、一つの時代が終わろうかとする時に咲く華の事である。せっかく世に出たのだが、その命は短かい、今回はそんな製品の話である。カンパ製品は1950年代から常にレース界のトップに君臨してきた。コンポネントという意識も植え付けたし、常に新しいレース用部品のリーダー的存在だった。何か出ても必ずカンパと比較された。パンタグラフ式の変速機、クイックレリーズのハブ、これらは60年以上も前から現在まで何ら基本的には変わっていない。 |
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レース界を30年間統治してきたそのカンパ製品だが、ある時期から少し事情が変化してきた。それが日本製品の追い上げである。これまでにも何度か書いたが、70年代の米国でのバイコロジーブームで利益を上げた日本の製品は、新たに欧州をターゲットとして動き始めていた。その一つがシマノであった。当初、欧州プロチーム(フランドリア)に供給していたジュラエース(デュラエースではない)は折れるだの、曲がるだの、壊れるだの様々な試練を浴び、散々な目に遭った。そしてそれを克服すべく、満を持して80年初頭に発売されたのがAXシリーズだった。 |
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AXについてはこれまでに何度も書いている。これによってカンパが動いたのである。トップとしてのプライドがあった。そこで出たのがコルサ・レコード、通称Cレコである。それまでのクラシックなデザインを一掃し、いかにもエアロダイナミクスといった外観の製品が並んだ。エアロの流行を意識したコンポネントだったが、ブレーキはあのデルタブレーキ、メンテナンスがすごくやりにくいだの引きが重たいだの、制動力が悪いと、それまで「発売された時には完璧な製品」と云うカンパ神話が崩れた時でもあった。Cレコードには革新的な外観デザインと同時にカンパが抱える戸惑いも現れている。 |
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戸惑いはペダルにも見られる。2種類全く違う形のものが用意されていた。三角形のエアロペダル(私のコレクションにあるはずであるが今回は見つけ出せなかった)と従来のクイル型を発展させた写真のペダルである。何十年と使われてきた、カンパ自身が熟成させてきたクイル型ペダルを変えなければいけない時期となったが、エアロペダルだけでは自信がなかったと云う表れかもしれない。最高峰のレコードだけあって造りや精度は文句のつけようがない。 |
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ストラップは皮の間に柔らかい樹脂をサンドイッチしたもの、足の甲に当たる部分の皮も乱れることなく細かいステッチがしてある。皮そのものも流石イタリアという質感である。トゥクリップにはペダルの内側に三角形のつま先ガイド(この部分だけでも先行して売っていた)が付き、使い勝手は従来のクイル型より良くなっていた。ただ重量はクイル型より重くなっていた(Cレコードは重量面では重視されていなかった)。シャフトの回転もクイル最終のスーパーレコードと比べると何か違っていた。 |
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カンパが世に出したCレコードだったが煮詰めた製品ではなかった。ペダルも1985年になるとルックのPP65が出てくる。時代はクリップレス、ビンディングペダルの時代になってきていたのである。そんな意味では今回のペダル、寿命は長くなかった。選手には好評だったが、徐々にペダルだけはルックやタイムに代っていった。そんな意味ではトゥクリップ時代の最後に咲いた華ではなかったかと思うのである。 |