実はかなりの量の部品コレクションがある。みかん箱にすると10箱を少し越えるくらいはあると思う。恥ずかしい話、実態を把握していない。熊本に引越して来る時に初めて開けた箱もあるくらいである。カンパニョロだけでも結構ある。なぜこれだけのコレクションがあるかというと、以前、海外に仕事で行く機会が多かった。その時に面白いと思ったものを購入し、帰国後は忙しく整理もしないままに、しばらく机の上に、そのうちにダンボール箱に入れてしまう、そんな感じで集まったものが非常に多い。当然、一貫したコンセプトもない。一部のマニアみたいに、一つのものを血眼で捜すといったこともない。 |
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今更、カンパの鉄レコの未使用品を持っています等と言っても誰も興味をもたないと思う。ここでは少し変なもの(?)を紹介していきたい。カンパでもレコードも好きだが、バレンチノやらスポーツマンと云ったものも好きである。また、カンパだけでなく、オフメガやギャリ、ジピアミ、ミシェといったものも好きである。俗に言う一流品(この言葉は好きではないが)だけでなく、二流三流品、対抗品にもそれなりに興味がある。 |
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さて、今回、紹介するのは後変速機。多分、ほとんどの人が見たことがないのではと思われる。製品にはDANUBE(ダニューブ?)とある。裏にはMADE IN JAPANの文字。多くの人は日本製の変速機メーカーと言うとシマノ、サンツアー、旧車に興味がある人でも三光舎やDNBくらいまでしか知らないのではなかろうか?今回のものはゼノア(XENOAH)製である。ブラケット部にその刻印がある。ゼノアと聞いて、おや?と思う人は正解である。今のコマツゼノアである。私も詳しくはないが、ゼノアという会社が変速機を作っていたというのを、かつてDNB(大日本機械)に勤めていた人から、ちらっと聞いたことがある。名が残らなかったのはレース用や本格スポーツ用でなかったからかもしれないし、輸出用自転車に装備され、国内に出回っていなかったからかもしれない。入手した経緯は別の機会に書くとして、これは香港で数個入手した。日本円で1000円程度である。 |
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見てもらえればわかる通り、鉄製の普及品である。ただ、ダブルテンションになっている。シマノやサンプレと同じ方式である。製造年月は不明。この当時の製品で製造年月を表示することはまれである。推測するに、1960年終わり頃かと思う。バイコロジー運動がアメリカに起こり、日本からの輸出が急激に増えていった時期と思える。シマノも内装三段だけでなく、アーチェリーといったパンタグラフ変速機を出して安物イメージを払拭しようとしていた頃である。そう言えばサンツアーもこの頃は前田鉄工所という社名だった。 |
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ゼノアの製品ラインナップもわからない。別のところにDXの文字。いつ頃生産を中止したのかも知らない。当時の設計や製造に携わった人達は全て定年を迎えているはずである。当然、今、コマツゼノアに電話をしても無駄である。ただ、こうして手元に一つの製品がある。日本の自転車の歴史に関わった一つの知られざる変速機がある、それだけは事実である。 |