先日、若いお客さんと世間話していたら「音楽CDを買ったことがない」という言葉にショックを受けた。もちろんダウンロードした曲を聴いているわけだが、我々おじさん族には何かしら、今一つ、すっきりしない。私個人もダウンロードはする。1曲聞いてからアルバムを買いに行ったりしている。確かに曲を聴くのが本来の目的だが、ジャケット写真や歌詞カードも欲しいと思うのは私だけだろうか?特にレコード世代にとってはレコードからCDに変わった時点でもジャケット写真が小さくなったことに不満気味だったのが、今やCDからUSBである。昔のアーチストはジャケットに於いてもメッセージがあった。何か時代の流れを感じる。 |
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先週、とある福岡の自転車屋に行った。スポーツ車専門店である。陳列してある自転車を眺め、目の保養をしていた。部品コーナーに行き、眺めていると何か足りない。何が足りないのか、しばらくは気がつかなかった。そうだ、ハンドルステムがない。アヘッドのものはたくさん並べてあるが、従来のステム(今はスレッドステムと呼ぶそうな)がない。若い店員さんに聞くと、最近は売れないので置いてないということだった。「でも日東の♯55のハンドルバーは置いてあるのに、パールのステムはないの?」という質問はしなかった。この店、若い人達も来る店だが、ピストブームに乗っかった人達が来る類いの店ではないものもあるし、そのブームも過ぎ去ったという事もあるのだろう。ただ、一抹の寂しさはある。 |
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このことは以前、フリーホィルが店からなくなり始めた頃にもあった。気がつけば世の中は8段フリーハブになっていた。どこかの店に行くたびに6段やら7段のフリーホィルがあれば買い求めていた。レジナやマイヨール、サンツアーのパーフェクト、歯数なんて気にする余裕はなかった。外国に行って、シマノのフリーホィルを買い、「おまえ日本人だろうが?何でシマノのものを買うんだ?」等と笑われた事もあった。これはフリーホィルだけのことではない。時代と共に自転車そのものも変わっていく。もちろん部品だってそうである。 |
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数日前、熊本市内の昔の写真を見た。繁華街や裏通り、いろんな所を写してあった。昭和50年代の頃である。その中に自転車も写っていた。スポーツ車はなかったが、一般の自転車が数枚あった。この頃は男用と女用があって、同じ自転車でも男用はダイヤモンドフレーム、女用はスタッガードのフレームだった。写真に写っているおじさんや学生、皆男用と女用に分かれていた。今、街を見渡しても一般車に男用はないし、乗っている人もいない。昔は男子学生がスタッガードフレームの自転車に乗っていたら、みんなからバカにされていたよなぁ等と思いだした。時代の流れが読み取れた。 |